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東京高等裁判所 昭和52年(う)2707号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人安倍治夫を懲役二年に、被告人松田文雄を懲役一年六月に処する。

被告人両名に対し本裁判確定の日から四年間それぞれ右刑の執行を猶予する。

当審における訴訟費用中証人古川〓龍に支給した分は被告人安倍治夫の、証人小松美和子に支給した分は被告人松田文雄の負担とし、その余の当審における訴訟費用及び証人西村卓二に支給した分を除く原審における訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高木一外五名共同作成名義の控訴趣意書(同正誤表、同誤記訂正書を含む。)、同高木一、同岩田洋明共同作成名義の控訴趣意補充書、同高木一作成名義の控訴趣意説明の要旨、同鹿野琢見作成名義の控訴趣意補充書、同鈴木秀雄作成名義の控訴趣意書要旨陳述書、同齊藤誠二作成名義の控訴趣意補充意見陳述要旨に、これに対する答弁は、検察官渡邊芳信作成名義の答弁書、同岡田照彦作成名義の控訴趣意書補充書に対する意見に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点、第二、一について

所論は、要するに、被告人両名は、本田技研工業株式会社(以下「本田技研」という。)製造の軽四輪乗用自動車ホンダN三六〇(以下「N三六〇」という。)の欠陥を確信し、同社に対する損害賠償請求権を行使したに過ぎないのに、原判決が、原判示第一節、第二款、第一において、被告人両名は、N三六〇が操縦性、安定性の不良な欠陥車であるとの見解を持つていたが、その見解を客観的に実証するだけの確たる証拠はなく、また、N三六〇による西村巖らの死亡事故は事故の態様等から右欠陥によるものではないかと考えられたものの確たる資料はなかつたものであり、更に、N三六〇によるその余の死傷事故については事故の件数、事故原因、被害者数や被害の程度を極めてばく然としか把握しておらず、交渉依頼者の数も未確定であつたのに、共謀のうえ、賠償金の名目下に同社から多額の金員を喝取しようと企て、同社取締役大久保叡らを脅迫し、西村巖らの死亡事故に関する解決金名下に金額八千万円の小切手一通を喝取し、更に、その余の死傷事故を一括して解決するための示談金名下に総額十六億円を仲裁委員会に交付するよう要求したが、同社が応じなかつたため未遂に終つたとの事実を認定したのは、事実を誤認している、というのである。

そこで、原判決所掲の関係証拠に、当公判廷における被告人両名の供述等当審で取り調べた関係証拠を付加して、先ず右恐喝既遂の事実について検討すると、次の事実が認められる。

(欠陥についての認識)

被告人安倍は弁護士で、自動車ユーザーの団体である日本自動車ユーザーユニオン(以下「ユーザーユニオン」という。)の監事兼顧問弁護士、被告人松田はサービスエンジニアで、右ユーザーユニオンの専務理事兼事務局長であり、相協力して、自動車の欠陥摘発、クレーム処理、被害者の救済等の自動車消費者運動に尽力していたものであるが、被告人両名は、かねてからの調査・研究により、N三六〇は、操縦性・安定性が不良で、中高速域で蛇行・転倒し易く、一般の平均的運転者には運転の困難な欠陥車であると確信していた。すなわち、被告人両名は、原判示道済事故(原判決一二頁)、藤倉事故(同三六頁)、子安事故(同三七頁)等被告人両名が自ら又はユーザーユニオン、原判示ホンダN三六〇全国被害者同盟(同四六頁以下。以下「被害者同盟」という。)を通じて得たN三六〇に関する運転事故の情報の中には、中高速でのパワーオフ等により横揺れ蛇行が始まり、これが収束できなくなつて衝突・転倒したと見られる類型のものが多数含まれていたところから、かねて、道済事件の再審申立、子安事件の刑事弁護、藤倉事故についての告訴等についての必要上、N三六〇に関し、その新車発売直後に行われた走行テストの結果やそれについての専門家、本田技研の設計担当者らによる座談会の内容を掲載した雑誌記事、その他の各種内外文献、部品の設計変更や修理の状況を示す各種の資料等を入手して検討し、また、自らも走行テストを実施し、更には自動車工学の専門家の意見をきくなどして、前記事故に関する情報資料とも併せ、同車の性能、欠陥の有無等について調査・検討してきた結果、同車は、他社の軽四輪自動車に比べてロール率が大きいこと、手放し方向安定性テストにおけるヨーイング(首振り)の収斂度が悪く、特に時速八〇ないし九〇キロ以上の高速においては収斂しない場合のあること、FF車(エンジンが車体の前部にあり、かつ、前輪駆動である車)であることもあつて、施回の際パワーオフした時の巻込み現象が過大であることなどの性質があり、そのため中高速域における操縦性・安定性が劣悪であること、その原因は、車体剛性の不足、トレッド(左右タイヤの間隔)の不足、重量配分及びホイルアライメント(車輪と車体又は路面との角度的関係等の車輪の整列具合)の不適、バネ定数の不足等のほか部品粗悪等による部品の早期異常摩耗という設計構造上の欠陥にあり、これらが相乗して形成されたものであること、この操縦性・安定性の不良が前記のような態様の事故を誘発する原因となつており、このような欠陥は、四輪車の設計・製造に経験の浅い本田技研が、同車の居住性、価格の低廉性、高速性のセールスポイントを最優先として、極めて短いリードタイム(先行開発期間)の中で十分な走行テストをしないまま発売を急いで製造したことによつて生じたものであること、同車は、前記のような欠陥があるため、中高速で走行中僅かな外乱や操舵によつてたやすくローリング(横揺れ)を生じ、また、ハンドル操作中のパワーオフにより急激な巻込み現象を起こし、一度これが生ずると、ロール率の大きいことなどと相まつて運転者に心理的な恐慌状態をもたらし、これを修正しようとしてハンドルの過剰操作を余儀なくさせ、これが更に反対側への巻込みを増幅させる結果となり、平均的な運転者の運転技術をもつてしてはこれを克服して安定走行に戻すことが至難となり、遂には路線逸脱、衝突、転覆に至るものである、との確信を形成していた。

(西村事故の損害賠償請求権についての認識)

昭和四五年六月二日午後一時二〇分ころ、奈良県桜井市の県道上において、西村巖(当時三〇才、大阪府交通局勤務の地下鉄運転手)がN三六〇(同年五月中旬に同人が代金十三万円で購入した昭和四二年型中古車)を運転中道路中央線を越えて転倒し、対向車がこれに衝突して西村車が炎上し、同人のほか同乗の妻和美(当時二五才)及び長男学(当時二才)が車内で焼死した事故(以下「西村事故」という。)が発生した。西村巖の父西村卓二は、昭和四六年七月二八日ころ被害者同盟の者らと本田技研に対する賠償要求推進運動のため上京した際、被告人安倍に対して西村事故に関して本田技研の責任者を告訴することを委任し、同被告人に対する委任状を作成して交付するとともに、本田技研に対する損害賠償請求をも委任し、請求金額は同被告人に一任したが、その後同年八月末ころ三名死亡による賠償金の希望金額として総額一億二千八百四十四万六千六十五円(内訳は、巖の当時の月給六万八千百円等を基礎とした逸失利益等四千三百十八万六千六十五円、慰謝料五千万円、物損十三万円、和美の慰謝料二千万円、学の慰謝料千五百万円等)と記入した賠償交渉委員会(昭和四六年七月設置)あて委任状三通を被害者同盟へ送付し、その内容は被告人安倍に伝えられた。

被告人両名は、調査の結果、西村車は直線の舗装道路の下り坂を走行中突然蛇行を始め、蛇行が拡散し、最後に反対車線内に暴走し、ブレーキを踏んだため転倒したところへ、前方から来た川畑澄夫運転の自動車が急ブレーキをかけたが間に合わず接触して火を吹き、炎上して前記三名が車内から脱出できないまま焼死したもので、右対向車及び後続車の運転手等の目撃者があり、また、西村巖の当日の行動から見て居眠り、酩酊、追越しといつたことはあり得ず、N三六〇の欠陥による典型的な事故であると考え、従つて、西村巖らの遺族西村卓二らは、欠陥車を製造した本田技研に対し、一億円程度の損害賠償請求権を有すると確信していた。

(交渉経過)

被告人両名は、昭和四六年春ころから本田技研との間で、N三六〇を中心とする同社製造・販売車両に関する金銭補償を伴うクレーム案件の解決処理に当つて来たものであるが、本件交渉は、その終りのころにこれと併行して行なわれたものである。

(イ)  被告人松田は、同年八月下旬ころ株式会社本田技術研究所取締役森潔に対し、N三六〇の事故に関する示談交渉の開始を申し入れていたものであるが、同年九月三日、原判示料亭「初波奈」において、右森及び本田技研専務取締役河島喜好の両名に対し、「被害者同盟では、死亡者四〇人、負傷者二〇〇人、被害者四〇〇人で請求金額は五十億円と言つている。私がその全権を委任されているが、安倍は弁護士としてこの交渉に関与することになる。」旨を説明した後、「本田は十年戦争をするつもりか。公訴の準備も完了している。日産の場合も二か月前に予告しておいたのに何も対策をしなかつたから、再告訴となつた。」、「ネーダーからも問合せが来ているけれども抑えている。本田技研としては海外にも悪影響が出ないように話をまとめた方がよいのではないか。」旨を述べた。

(ロ)  次いで、被告人松田は、同月七日、右「初波奈」において森と、本田技研側の交渉担当者として新たに加わることになつた同社取締役大久保叡及び同本社労務管理室長中村正義の三名に対し、「示談交渉の手始めとして西村事故を取り上げるのが良いと思つている。これはクリアーなケースで、こういうケースが解決しなければあとはご破算だ。西村の件が解決すればあとは十把ひとからげでスラスラと行く。西村事故を最初に取り上げるのは、真先に告訴の準備ができているからだ。」、「安倍は西村の件については一億二、三千万円を請求するとか言つているが、私は一億円でいいということを安倍には内緒であなた方に教えてやる。明日会社側の態度を返事するように。」、「今返事しなくてもよい。安倍の訴状に記載されている数字を見たら一億なんていうものではない。それに書類がもう六件でき上つていた。それも出そうと思えば出せるのを私の方で抑えている。そういうことも考えてもらわないと困る。」、「ネーダー・グループのリフソンも来日している。ネーダーからもいろいろ言つて来ているが、本田技研に関しては返事を一か月待つてもらつている。」旨を述べた。

(ハ)  同月八日、大久保、中村の両名が原判示安倍法律事務所を訪れ、大久保が被告人安倍に対し、河島の意向として、欠陥の有無については論及しないという条件で合理的な金額ならば話を受けてもよい旨伝えたのに対し、同被告人は、被告人松田同席のもとに、大久保及び中村の両名に対し、「今度の事件は非常な大戦争であり、お互いとことんまで争えば、十年位あとで解決がついたとしても傷がついてしまう。お互いにとつて非常に不利なことだ。お互いと言つても、私は一介の弁護士、松田も裸で始めたのだから、元も子もなくなつても元通りだけれど、本田技研にとつては大変なことであり、話合いに入ることは結構なことである。」旨を述べ、大久保が、被告人松田から提示された西村事故の要求金額が高額過ぎることを指摘して説明を求めると、被告人安倍は、「西村事故をモデルケースとして取り上げ、これが解決しなければ残りの問題に行かないというやり方が良いと思う。西村の件は争いを止める妙薬だ。」旨を述べ、西村事故の事案の概要を説明したうえ、「クリアーなケースで、この事故について車に欠陥がないということは本田側でも言えないのではないかと思うので、本田にとつても解決することが有利である。親子三名が焼死したという悲惨な事故であり、それらの損害をホフマン方式で計算すると、巖の方が七千万円、子供の方が三千万円、妻は無職だからゼロ、これに巖の父卓二の分を含めた四人の慰謝料を一人五百万円として、合計二千万円を加えて一億二千万円になる。被害者は一億三千万円を請求して来ている。私は民事訴訟を提起する場合は一億二千万円と思つているが、松田が一億円と言うならそれでもよい。」旨を述べ、大久保がホフマン方式について質問すると、被告人安倍は、「ホフマン計算だけを取り上げても駄目だ。計算なんてどうでもなる。かりにホフマン計算で高いというなら、それを減らして慰謝料を上げればつじつまが合う。全体で幾らかということを高い次元で判断して政治的に解決するしかない。」旨を述べ、更に、大久保が、「ばんだい号」の航空機事故に比べても高い旨を述べると、「『ばんだい号』は老人ばかりの事故で本件と違う。死亡者四〇人、負傷者四〇〇人もいる。こういう大戦争を止めるには、そんな小さな次元で物を言うようでは駄目だ。わい小だ。してやられたとか、ふんだくられたなどと思うような人は交渉委員として不適格だ。細かいことを議論せずに、一諾するという交渉のやり方がよい。」旨を述べて、もつぱら大局見地からの一諾による解決の必要性を力説し、「会社が一諾で承諾するなら八千万円でよい。西村の件が片づけばあとの話はスラスラ行くだろう。同盟の突上げもあるので、西村の件はどんなことがあつても九月一杯にまとめなければいけない。」、「いつ戦闘再開になるかもわからない。」旨を述べた。

本田技研では、同月一五日専務取締役会を開いて、従前から検討されていたN三六〇に関する運転事故の被害者らに対する見舞金等贈呈案に基づいて算出した金額(死者一人平均二百五十万円、負傷者一人平均六十万円とし、これに被告人ら主張の死者の数四〇名、負傷者の数二〇〇名を乗じて算出したもの)二億円余に上乗せして、西村事故を含めて総額三億円で全体を解決することを提案することに決定し、その旨大久保に指示した。

(ニ)  同月二〇日、大久保、中村の両名は、安倍法律事務所を訪れ、被告人両名に対し、西村事故を含めて総額三億円で全部を解決することにして欲しい旨こん請したが、被告人安倍は、これを一蹴し、大久保が、更に、「三億円で少なくとも大物の大部分は解決してくれ。」旨要請したところ、その範囲を問い返され、「西村事故を含めて、当時本田技研側で把握していた二一例の死傷事故及び被告人側で告訴の準備をしているという六件が含まれる。」旨答えると、被告人松田は、「それは虫のよい考えだ。こちらで用意している六件をまず片づけておいて、あとの分が話がつかなくて戦闘開始になつたら、こちらは攻撃の材料がなくなつて骨抜きになつてしまう。」旨を述べ、大久保が、「西村の件を先にやるのも、西村の件を含めて一括でやるのも同じではないか。」旨を述べると、被告人安倍は、「今まで大戦争をして来たものが、すぐに手の内をさらけ出すような馬鹿なことはしない。こちらにも作戦がある。」、「総額で二十億円出すと言うのであれば、私の方はすぐここで承諾するが、三億円ではどだい無理な話だ。西村の件を一諾で承諾してくれれば、同盟内部の説得もしやすく、残りの案件の解決が容易になる。西村の件は残りの件についての金額的な先例とはしない。」旨を述べ、更に、大久保がその場の一存で西村事故を五千万円で解決するよう要請したのに対し、被告人安倍は、「五千万円と八千万円でははしごのかからない金額ではないが、ここで二千万や三千万を負けさせたりすると、かえつて恨みが残る。五千万円に値切られたら残りの案件の金額的な基準になつてしまう。八千万円を一諾で呑めば、その信頼に応えてあとは決して悪いようにはしないから。」旨を述べ、この間被告人松田も口をはさんで、「こちらでは刑事事件で五件、民事事件で一五ないし二〇件、もうすでに用意しており、書類を出そうと思えば出せる状態にあるが、それを抑えている。そういうことも考えなくてはならない。」とか、「ライフにだつて問題がある。」旨を述べた。

(ホ)  本田技研では、翌二一日専務取締役会を開き、ひとまず八千万円の要求に応ずるほかないと判断し、右要求を応諾することに決定し、同月二五日、大久保、中村の両名が、安倍法律事務所を訪れ、被告人両名に対して西村事故に関する八千万円の要求に応ずる旨を表明し、同月二九日、原判示「京王プラザホテル」において、被告人両名、本田技研側として河島、大久保、中村の三名が出席し、西村事故の示談解決に伴う合意書の調印を行い、被告人安倍は、解決金として、大久保から本田技研振出しの金額八千万円の小切手一通の交付を受けた。なお、右合意書には、双方は、「本件事故および本件合意書の内容について秘密を厳守し」、また、「本合意書の内容をもつて爾余の案件処理の前例とせず、またこれを宣伝に利用してはなら」ず、西村卓二において「本合意書の条項に違反したときは本合意はその効力を失い」、同人は解決金を返還しなければならない旨の条項が含まれており、かつ、同人は、解決金の一部で西村和美の遺族及び第三被害者に対しても適切な補償の措置を講ずべきものとされていた。

(ヘ)  被告人安倍は、被害者同盟委員長林善三に対し、西村事故につき八千万円で示談が成立したことを知らせるとともに、その旨を西村卓二に伝えること及び同金員の分配について同人と相談することを依頼した。西村は林と話し合つた結果、西村自身は六割の四千八百万円を取得し、残り四割の三千二百万円は被告人安倍に対する弁護士報酬やユーザーユニオン、被害者同盟に対する寄附等にあてること、その四割の配分については林及び被告人両名に一任することにした。

被告人安倍は、右八千万円を富士銀行桜上水支店にユーザーユニオン名義の通知預金口座を設けて保管していたが、同年一〇月六日、安倍法律事務所において、上京して来た西村及び林に、西村事故に関する合意書を示し、その内容、特に秘密保持条項を強調して、示談についての秘密厳守方を要請した後、前記四割の配分について、弁護士報酬名義で二割をユーザーユニオンにその活動資金として提供し、一割をユーザーユニオンの法人化基金にあて、残り一割を折半してユーザーユニオン岸和田支部と被害者同盟に各活動資金として提供する案を示して、両名の了承を得、同月八日西村卓二に四千八百万円を送金した。残りの三千二百万円のうち、同年一一月二日被告人両名が逮捕されるまでの間に合計七百十七万円余が主としてユーザーユニオンの債務の支払いのため支出された。

判旨以上認定の事実によれば、本件(西村事故関係)は、自動車ユーザーの遺族の代理人らによる権利行使の一場合にほかならない。およそ、「他人に対して権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り、何等違法の問題を生じないけれども、右の範囲程度を逸脱するときは違法となり、恐喝罪の成立があるものと解」される(最高裁判所昭和三〇年一〇月一四日第二小法廷判決・刑集九巻一一号二一七三頁)ところであるが、この法理は、原判決がいうような権利が存在し、かつ、その存在が明確である場合だけでなく、他人に対して権利を有すると確信し、かつ、そう信ずるについて相当な理由(資料)を有する場合にも同様に妥当しなければならない。けだし、権利の有無及び数額は、殊に本件のような特殊な損害賠償請求事件においては、終局的には、民事裁判で確定されるべき性質のものであるからである。

先に認定したところからすると、被告人両名は、N三六〇を欠陥車と確信し、その欠陥による事故の典型例として、西村事故の遺族に製造者である本田技研に対する一億円程度の損害賠償請求権が存在すると確信していたものであり、そのように信ずるについて相当な理由(資料)を有し、右遺族の代理人らとして権利行使の意図をもつて本件示談交渉に当つたものと認めることができる。

問題は、むしろ本件交渉の方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度のものであつたかどうかにある。そして、前記法理によれば、権利実現のために多少の脅迫的言動が加えられたとしても、それが、権利行使の方法として社会通念上被害者において忍容すべきものと一般に認められる程度内のものである限り、恐喝罪は成立しないと解されるのである。

被告人らが、道済事件の再審申立や藤倉事故についての告訴等を通じてN三六〇の欠陥性を強く主張し、あるいは二重登録問題(原判決三七頁)について告訴をするなどして、本田技研に対する批判・攻撃を繰り返し、これらが新聞等によつて大々的に報道され、その結果本田技研が打撃を受けて大きな信用失墜、販売業績の低下等の損害をこうむつていたことから、同社において、この上更に被告人らによる批判・攻撃が続き、これが新聞等に取り上げられて報道されると、更にばく大な損害を受けることになるとして、被告人両名やユーザーユニオン、被害者同盟の行動を警戒し、恐れていたものであることは原判示のとおりであり、被告人両名が、本田技研のこの弱身を十分に利用し、その弱点を衝きながら優越的な立場で示談交渉を進め、その要求をとおしたことは前記認定事実から明らかである。前認定のように、当初から被告人らの要求に応じなければ、次々に告訴や民事訴訟を提起し、ネーダーへ通報するなど各種の攻撃を加える旨を示唆し、それに伴う利害得失を説くようなことは、示談交渉の方法として必ずしも穏当でなく、過大な請求をしたり、権利行使を口実にする場合など、場合によつては害悪の告知として不法な脅迫となり得るものではあるが、相当の資料によつてN三六〇を欠陥車と確信し、批判・攻撃を続けて来た被告人両名により、権利行使の意図をもつてなされたものである限り、当然のことの予告・告知に過ぎないと考えることができ、欠陥車を製造した責任があると信じられている本田技研側において認容すべき程度を超えないものである。本田技研を恐れさせたものが、告訴・民事訴訟の提起等そのものよりも、それらが新聞に大々的に取り上げられて同社のイメージダウンを来たすことに帰することは、原審における証人河島喜好の供述によつて明らかであるが、これもまた、同社の忍容すべきことに属する。自動車メーカーが欠陥車を製造している疑いのある限りは、このような事実を報道することは新聞の使命であり、時にキャンペーンの行過ぎはあるとしても、そのような公表・批判にさらされることは、メーカーにとつてまことにやむを得ないところであろう。安全性の問題は、「疑わしきは罰する。」という考え方で取り扱われる必要があるからである。本田技研は、N三六〇は欠陥車でないという立場をとつていたものであるから、被告人らや新聞の批判・攻撃に対しては、N三六〇の無欠陥性を論証し、欠陥車との疑問を払拭すべき社会的責任があつたのである。しかし、同社はそのような努力を十分にはしなかつたのであつて、このような状況を被告人らに利用されたことはやむを得ないところというべきであろう。しかも、本田技研側は、本件交渉においても、N三六〇は欠陥車でなく、西村事故は運転者の過失によつて発生したものである旨の主張をしなかつたし、また同社は、被告人らを恐喝で告訴することによつて、形勢を逆転することも可能であつたと思われるのに、そうはしなかつたのである。(同社の専務取締役会で告訴が検討され出すのは、本件解決後、その余の事故の示談交渉が進んだ同年一〇月一九日、二〇日に至つてからであり、実際に告訴がなされたのは同年一一月一日である。)同社としては、N三六〇の無欠陥性について自信がなく、少なくとも本件交渉当時は本件を恐喝とは考えなかつたと思われる。

被告人松田が、「ライフにだつて問題がある。」旨を述べて((二))、同年五月新発売の本田技研製造の軽四輪乗用車ライフについても、N三六〇と同様攻撃の対象とするかも知れないことを示唆した点などは、不穏当な発言であり、脅迫というほかないが、副次的な発言であり、また、被告人らが、西村事故をその余の事故の交渉とからめ、これを背景として交渉を有利に進めたことにも問題はあるが、これらは権利実現のために必要な圧力又は駈引きとして社会的に許容される程度のものと考えてよかろう(後に認定するように、その余の事故について被告人らが具体的金額を提示して恐喝行為に着手するのは、八千万円受諾の意思が表明された後である)。その他、本件では、被告人らが右のような種々の脅迫的な圧力をかけながら相当強引に示談を進めたのであり、その方法は余り感心したものとはいえないが、しかし、被告人らはN三六〇の欠陥性を確信し、右欠陥による損害賠償請求権の存在につき相当の理由(資料)を有していたものであること、欠陥車による悲惨な事故の被害者を早期に救済し、併せて自動車ユーザーの利益擁護のためユーザーユニオンの財政的基礎を確立しようとする被告人らの目的ないし動機、わが国における欠陥車訴訟遂行の困難性、必らずしも誠実な対応をせず、欠陥性のないことについて十分な反論等をしないまま欠陥を認めようとしない大企業(組織)相手の交渉であることなどを考慮すると、全体として見れば、なお、社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えないものと解される。

そうだとすると、本件行為は恐喝にはならないから、恐喝罪の成立を認めた原判決は、事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つたものというべきであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

この点に関する論旨は理由がある。

以上のとおりであるから、原判決は、その余の控訴趣意について判断するまでもなく、全部破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人安倍は、第二東京弁護士会所属の弁護士、被告人松田はサービスエンジニアで、昭和四五年四月相協力して自動車ユーザーの利益擁護を目的とし、機関誌「ジャックフ」の発行、自動車に関するクレーム相談等を事業内容とする日本自動車ユーザーユニオン(以下「ユーザーユニオン」という。)を設立し、被告人安倍はその監事兼顧問弁護士、被告人松田は、専務理事兼事務局長をしていたものであるが、被告人両名は、ユーザーユニオンの運営資金等に窮したことなどから、共謀のうえ、欠陥車の被害者であると申し立てる会員らに示談金の名目下に多額の金員を得させて満足させるとともに、弁護士報酬等としてその一部を得てユーザーユニオンの運営資金等にあてるため自動車メーカーを恐喝しようと企て、次のとおり犯行に及んだ。

第一本田技研工業株式会社に対する犯行

被告人両名は、かねて調査・研究を重ね、相当の資料によつて、本田技研工業株式会社(以下「本田技研」という。)製造の軽四輪乗用自動車ホンダN三六〇(以下「N三六〇」という。)は、操縦性・安定性が不良で、中高速域で蛇行・転倒し易く、一般の平均的運転者には運転の困難な欠陥車であると確信していたが、ホンダN三六〇全国被害者同盟(以下「被害者同盟」という。)からN三六〇による死傷事故につき本田技研との賠償交渉を依頼されるや、死亡者は約四〇名、負傷者は約二〇〇名であるが、更に多数に上る予定であり、要求金額の総額は二十億円を上回ることになろうとの報告を受けたものの、事故の件数、個々の事故の具体的状況(従つて、事故原因)、被害者の数や損害の程度も極めてばく然としてしか把握しておらず、しかも、現実に本田技研に対して賠償要求を希望して被告人らにその交渉を依頼する者の数も未確定で(委任状は、昭和四六年八月末日の時点で被害者同盟賠償交渉委員会あてのもの、一〇月末日の時点で被告人安倍あてのものが、いづれも六〇人程度に過ぎなかつた。)、被害者同盟の求めるままに、本田技研に対して、N三六〇の欠陥により死亡した者約四〇名、負傷した者約二〇〇名もの多数に及ぶとして、それらの者ないしその遺族に対する賠償金を一括して総額十六億円もの高額の請求を行なうには余りにも根拠の乏しいことを十分に認識しながら、さきに、被告人安倍がN三六〇による事故死亡者の遺族の代理人として提起した本田技研代表取締役社長本田宗一郎に対する殺人罪等による告訴等及びこれらに伴う再三にわたる各新聞紙上の報道等によつて、本田技研が甚大な信用失墜ないし販売業績の低下等の損害をこうむり、同種告訴の提起、その新聞紙等による報道を恐れているのに乗じ、この点を衝いて同社を脅迫し、示談金の名目下に多額の金員を喝取しようと互いにその意を通じ、同年九月二五日、東京都千代田区飯田橋四丁目四番八号所在の東京中央ビル四〇五号安倍法律事務所において、被告人松田同席のもとに、被告人安倍が、本田技研取締役大久保叡、同本社労務管理室長中村正義の両名から、かねて示談交渉中であつたN三六〇に関する西村巖の事故(以下「西村事故」という。)について八千万円の要求に応ずる旨を聞いた後、両名に対し、「N三六〇に関する事故の残りの件の解決金について、被害者同盟の要求は五十億であるが、その半分として二十五億とし、更に西村の件に一諾で応じてくれたから、二十億円まで落す。」、「二割減らして十六億円としましようか。」などと言つて、十六億円の支払いを要求し、同月二九日、被告人両名が出席して同都新宿区西新宿二丁目二番一号所在の「京王プラザホテル」において、西村事故の合意書の調印、解決金の交付が終つた後、大久保がかねて要望していた被害者に関するリストの提示を求めたのに対し、被告人安倍が、「件数や内容がわかつても仕方がない。計算はどうにでもなる。ラウンドナンバーなら教えるが、死者が四〇人、負傷者が二〇〇人、事故件数は、蛇行を含めて四〇〇台である。被害者の総人員はわからないが四〇〇人以上になる。それで金額の見当はつけられるはずだ。」旨を述べて応ぜず、同年一〇月五日、静岡県浜松市東伊場一丁目三番一号所在の「グランドホテル浜松」において、被告人安倍が、大久保、中村、本田技研販売事業室長財津永量の三名と会談した席上において、大久保が、「本件交渉では結論のみが先行し、金額の基礎にすべき判断材料が提出されていないので、交渉の進め方としては順序が逆ではないか。」、「欠陥を前提としない見舞金というのが会社の立場であり、この前提に立つ限り会社が提案する三億円は十分に妥当な額であつて、これを越えるような金額を応諾すれば、欠陥を会社が認めたと受け取られるおそれがある。」などと述べたのに対し、被告人安倍は、「それでは駄目だ。もつと大づかみの線で行かなければならない。」、「一番良いのは騙されたつもりでポーンと出すことだ。そうでなければこれだけの大戦争は終結しない。」、「計算づくでやるということがわい小だ。」などと言つて取り合わず、大久保が事態を打開するため、「話合いの進め方を変えて、西村事故の場合と同様二、三の具体例を取り上げて、ひとまずその事案の解決処理を検討してみたらどうか。」と提案したところ、被告人安倍は、「それでは好ましい方向に進まない。それは今や危い。個別交渉をやっていたのでは武装蜂起が始まる。そんなことをやつている暇はない。憎悪の塊みたいに江戸城に殴り込んで火付けをしようと思つている連中ばかりである。そういう心理を変えるには並大抵な方法では駄目だ。」旨を申し向け、同月一八日、被告人両名は、安倍法律事務所で、大久保、中村、財津の三名と会談したが、その席上、被告人安倍が、「事態は切迫しているから待てない。同盟内部をこれ以上抑えられない。」旨を、被告人松田が、「あまり言うと恐喝になるが、」と前置きしたうえ、「国会が始まつた。ある国会議員が鑑定書を手に入れて取り上げようとしている。運輸省に全車回収を迫ろうとしている。国会議員は票になればなんでもやる。自分にも出てくれと言われている。そのほかにいろいろな訴訟があるし、西田専務の被害者同盟に対する発言だつて名誉毀損だから、これも取り上げられるし、汎用機(農業用)の問題もある。不実記載もどうなるかわからない。海外からもいろいろな問合せが来ているが、みんな自分が抑えているのだ。」旨を申し向け、大久保が、「国会議員が運輸省に働きかけるのならそれもやむを得ない。」旨発言すると、被告人松田が、「そんなことを言つていいのか。本当にやらせる。」旨を述べ、被告人安倍が、「本件のような古い問題は早く忘れさせて、国会に取り上げさせないようにしなければいけない。今がそのチャンスである。」、「総額が合意に達したら共同声明を出したい。共同声明では金額に触れず、公正な第三者による仲裁委員会の裁定に任せたとする内容にするのがよい。第三者委員会は、超一流の人物三、四名で構成し、解決金の総額をここに預託してその配分額の査定を行うことにする。」、「一〇月一杯で交渉をまとめて調印し、一一月には共同声明を発表することにしなければこの話は駄目である。」旨を申し向け、更に、被告人松田が、交渉を進展させようとして、同月二一日、株式会社本田技術研究所取締役森潔に連絡して、東京都港区赤坂所在の料亭「たか井」において同人と面談したが、その席上で、森から交渉が決裂した場合の被告人らの態度を尋ねられたのに対し、「国会に働きかけて亘理鑑定書を提出させる。」、「ネーダーへの通報を止める理由もなくなる。」、「訴状提出の準備ができ上つているので、民事訴訟の提起や、告訴もある。」、「社長、副社長については、背任・横領の罪で告訴することもできる。」、「朝日新聞の記者とも緊密な連絡をとつている。朝日が非常に大きな動きをしているので本田は窮地に追い込まれる。」旨を申し向けるなどし、もつて、右大久保らに対し、速やかに十六億円を被告人安倍の構想する仲裁委員会(本田技研が被告人らの要求に対し応諾の意思を表明した後に、被告人らと本田技研との協議により別途設立する予定のもの)に交付すべきことを要求し、もしこの要求に応じないときには、被告人らが、N三六〇に欠陥があるとして、つぎつぎに告訴や民事訴訟を提起し、国会議員に働きかけて国会で問題にさせ、また新聞に取り上げさせるような行動に出るばかりでなく、西田専務の名誉毀損発言問題、汎用機の欠陥問題、N三六〇の二重登録問題等についても新たに告訴や民事訴訟を提起し、更にはネーダーらにも通報して米国でも問題にさせかねない旨を示唆して脅迫し、同人ら及びその報告を受けた本田宗一郎社長ら幹部役員をしてその旨畏怖させたが、同社が被告人らの要求に応じなかつたため、金員喝取の目的を遂げなかつた。

第二日産自動車株式会社に対する犯行

被告人両名は、新潟県長岡市でクリーニング業を営んでいた松村幸一から、同人が日産サニー新潟西販売株式会社(以下「サニー西販売」という。)から購入して使用していた日産サニーバンデラックスVB一〇型のガソリンタンクに欠陥があり、そこから漏れて気化したガソリンを運転中吸引した結果鉛中毒にかかつたので、製造会社である日産自動車株式会社(以下「日産自動車」という。)に対して相当額(最低希望額五百万円)の賠償金の支払いを受けられるよう交渉されたい旨の依頼を受けたが、同人の持参したガソリンタンクの写真、整備工二名によるガソリン漏れの証明書、長岡市の谷口昇医師の「鉛中毒症の疑いで新潟大学脳内科に入院精査を依頼した。」旨の診断書、東京都港区の氷川下セツルメント山田信夫医師の(後に述べる新潟大学の診断の後になされた)簡単な問診と血液検査による「四アルキル鉛中毒症」との診断書等の資料等によれば、ガソリンタンクユニット部からガソリンが漏れ、そのために鉛中毒症にかかつたのではないかと疑われるものの、新潟大学病院へ入院して精密検査が行われた結果は、椿忠雄教授により鉛中毒とは認められず、「緊張性頭痛」と診断されたことや、松村がサニー西販売に請求した賠償金額は、医療費五万千七百十一円、休業費一日千六百円の一二五日分二十万円、慰謝料三十万円、合計五十五万千七百十一円であつたことなどから、ガソリン漏れの事実、鉛中毒症の事実、その間の因果関係のいづれについても確信がなく、千五百万円という高額の損害賠償を請求するには余りにも根拠の乏しいことを認識しながら、さきに、被告人安倍が、日産自動車の製造・販売するマイクロバス・ニッサンエコーの運転事故に関して、同車に欠陥があるとし、被害者らの代理人として、同社社長川又克二ら役職員を殺人罪、業務上過失致死傷罪等により告訴・告発し、民事訴訟を提起するなどし、これらに伴う再三にわたる新聞報道等によつて、同社の信用と販売業績が低下したため、同社が、被告人らから更に同社の他の車種についても同じような攻撃を加えられることを極度に恐れているのに乗じ、この点を衝いて同社を脅迫し、示談金の名目下に多額の金員を喝取しようと互いにその意を通じ、被告人安倍が、昭和四六年三月一七日、前記安倍法律事務所から、日産自動車取締役総部長久志本隆に電話で、「新潟県長岡の松村幸一という人がサニーバンのガソリン漏れで鉛中毒になつたと主張している。丁度鉛公害とか無鉛ガソリンで世間が騒がしい時であるから、この問題はごく内輪で解決したい。本人は廃人になりかけている。この話は選挙区の社会党のある方から自分の方に持ち込まれたものでその方は国会に持ち出して云々といつておられるが、自分はこれを抑えており、話合いで解決したい。ユーザーユニオンなどという団体もあるので、事が大きくなるとためにならない。示談ということになると、政治性の問題であり、鉛がどうだとか、ホフマン方式がどうだとか言うような人よりも、話のわかる人を寄こしてもらいたい。明日の昼ごろまでに返事をしてくれないか。それまではいろんな所は抑えておく。」旨を申し向けたうえ、今後の交渉を有利に進め、同社をして要求に屈服させる布石として、同月二四日朝日新聞記者伊藤正孝に事案の内容を説明し、これを速やかに同新聞紙上に公表することを要請して、翌三月二五日付朝日新聞紙上に「欠陥車で鉛中毒」との見出しで、松村が近く日産自動車を相手に三千万円の損害賠償請求訴訟を提起するとの記事を掲載させ、次いで、同年五月二五日、安倍法律事務所において、久志本及び日産自動車総務部文書課員米田樹一両名に対し、「エコーの場合のように訴訟になつてことごとに新聞に書かれたりしたら、企業として大きな損失ではないか。朝日新聞に出た記事の中に損害額として三千万円とあるのは労働能力を完全に喪失した場合の金額であつて、労働能力の喪失を五〇パーセントとしてホフマン式で計算すれば、千五百万円位にはなるだろう。」旨を申し向け、更に、久志本に対し、「日産が米国に輸出しているダットサントラックのディスクホイールのひび割れの件についてラルフ・ネーダー・グループから再三資料要求が来ている。」、「ディーラーや自動車関係の新聞記者からセドリックの新型についてブレーキのオイル漏れがあるという情報を得ている。」、「プレジデントのトルコンの故障、連動系の故障が沢山ある。」旨を申し向け、次に、同年九月一三日、東京都中央区築地四丁目一番一五号所在のレストラン「スエヒロ」築地店において、被告人松田が、久志本及び同社広報部広報課長藤枝嘉郎の両名に対し、「鉛中毒の件について日産が示談の姿勢をとらない真意がわからない。松村の毛髪とか歯を左翼系の病院だけでなく、公共施設の病院にも出して鑑定させている。その結果は九月一杯で判明するので、来月以降になれば告訴・告発問題に発展するだろう。示談の意向があれば、今月中に申し出なければ間に合わない。日産の直納部に背任・横領問題があり、安倍弁護士はこれを株主総会で問題にすると言つている。」旨を申し向け、更に、同年九月二一日、東京都千代田区霞が関一丁目一番四号所在の第一東京弁護士会館安接室において、被告人安倍が、同社の顧問弁護士井本台吉に対し、「ニッサンエコーの事故については約五千万円、サニーバンの鉛中毒事件については約三千万円、合計七、八千万円程度の金額で示談に応ずる。話がまとまらなければ、日産にはブルーバード、スカイライン、ローレルその他にも欠陥車問題があつて、つぎつぎと『ジャックフ』誌上並びに刑事、民事の訴訟で攻撃せざるを得ない。そのようなことになつては企業として大変な損失ではないか。社長ら幹部の勇断を求める。一両日中に決着をつけないとあとではおそい。」旨を申し向けるなどし、もつて、右久志本らに対し、松村の車両の件につき、示談金額として一応千五百万円を示して示談を迫り、日産自動車においてすみやかに示談に応じ、示談金の名目下に多額の金員を交付するように要求し、もしこの要求に応じないときは、被告人らが、日産サニーバンに欠陥があるとして告訴や民事訴訟を提起するとともに、これを新聞紙上で取り上げさせたり、右サニーバンの欠陥を国会で取り上げるよう働きかけるほか、同社の製造・販売する他の車種についても欠陥情報を公表し、あるいはネーダー・グループにも通報して米国でも同社の自動車製品の欠陥を問題にさせ、更には、同社内に背任・横領問題があるとして株主総会で問題にするなどさまざまな攻撃を加えることを示唆して脅迫し、同人ら及びその報告を受けた同社副社長岩越忠恕、専務取締役石原俊ら幹部役員をその旨畏怖させたが、同社が被告人らの要求に応じなかつたため、金員喝取の目的を遂げなかつた。

第三トヨタ自動車販売株式会社及びトヨタ自動車工業株式会社に対する犯行 その一(トヨタDA貨物自動車関係)

被告人両名は、北原義胤、横田定夫、赤沢俊衛、早川忠雄、宗泉、山田武司及び山口輝夫から、同人らが購入・使用していた大型貨物自動車トヨタDA一一〇―D型(六トン積み)ダンプトラック七台につき、バックプレートボルト等の折損が続発し、北原車は、左後輪のリアブレーキのアンカーボルト六本及びバックプレートのセットボルト二本が折損して追突事故を起こしたので、調査のうえ強度不足等の原因がはつきりしたならば製造・販売会社に相応の損害賠償を請求してほしい旨の依頼を受けるや、北原が、前記横田ら六名にも問い合わせて、各人の使用車両七台につき車体番号、故障の部品、回数、修理日数等を調査して取りまとめた一覧表、科学技術庁金属材料技術研究所松島忠久作成の純正外部品の折損ボルトもトヨタ製純正ボルトと同一の材質、強度のものである旨の試験報告書(被告人松田が、北原から、追突事故を取り扱つている警察の係官が折損ボルトの中には純正外部品も使用されていると言つているので調べてほしいと言われ、同人から同僚の車両の折損ボルト及びトヨタ製純正ボルトの提供を得て比較試験を依頼したもの)及び北原の説明等から、折損の多発しているバックプレートセットボルト、プロペラシャフト、リヤシャフト(七台を通じて、約三年間の修理歴は、順次、各折損一三回三二本、一五回一五本、一四回一四本であつた。)には強度不足の欠陥がある旨即断、軽信したものの、それ以上に北原以外の六名の者らから直接事情を聴取したり、各車両を実地に見分するなど、過酷使用、整備不良の有無等の点をも含めて事実関係の調査をすることなく、従つて、本件車両の欠陥性、追突事故の状況及び損害の明細等について相当な資料がなく、総額二千二百万円ないし千二百万円もの損害賠償を請求するには根拠の乏しいことを認識しながら、製造会社であるトヨタ自動車工業株式会社(以下「トヨタ自工」という。)及び販売会社であるトヨタ自動車販売株式会社(以下「トヨタ自販」という。)が、被告人らからさきに本田技研及び日産自動車に対して加えられた攻撃が自己らの製造・販売車両に向けられて来るのを恐れているのに乗じ、この点を衝いて、両社を脅迫し、示談金の名目下に多額の金員を喝取しようと互いにその意を通じ、被告人松田が、昭和四六年四月一七日、東京都渋谷区恵比寿西一丁目二番一号所在のエビスマンション三〇一号室ユーザーユニオン事務所において、北原ら同席のもとに、トヨタ自販販売拡張部広報課長中岡弥典及び同社サービス部東京サービス課長山越喜久男の両名に対し、「ここにいる北原さんがDAダンプを運転中左後輪のアンカーボルトが折れ、事故になつた。これはトヨタの欠陥であるから損害を賠償してやれ。このボルト折れについては北原以外にも沢山の人がおり、もしトヨタがちやんとした回答を出さないなら集団訴訟をすると言つている。一週間以内に回答を出せ。」「新聞記者(朝日新聞鈴木孝雄)がここにいて事情を知つているのだから、あなた方も早くちやんとした回答をしないとどんなことになるかわからんよ。」旨を申し向け、被告人安倍が、同月二六日、前記安倍法律事務所において、トヨタ自販サービス部地区担当課長有賀道夫及び右中岡、山越外一名に対し、北原以外の者らの氏名等の開示を拒否しながら、「示談の場合には腹で金額を決めるのだから資料なんかはあまり関係がない。」、「日産、本田の例を見なさい。トヨタもわれわれの要求を呑まないと大変なことになる。」、「日産エコーは最初松田が一千万円で示談しないかと持ちかけたが、石原専務がけとばすものだから、そのあと刑事告訴され、国会で叩かれ、マスコミに叩かれ、企業は大きなイメージダウンをこうむり、払わなくてもよい馬鹿げた五千五百万円という大金を払わされ、企業も大変な痛手を受けたはずだ。」、「ホンダN三六〇は、西田専務のような男がいて欠陥でないと言い張るものだから、マスコミや刑事告訴等で叩かれて、トップ車種であつたものがこの世から姿を消さざるを得なかつたのだ。要するに器量人のいない会社は滅びて行く。トヨタさんも、結局われわれの要求を呑んだ方がお得と思う。」旨を、同年五月八日、安倍法律事務所において、右有賀、中岡、山越外一名に対し、「かりにABCDと名前をつけていうと、Aはボルトの折損何回、リアアクスルシャフト何回、プロペラシャフト何回、Bは何回。」などと早口に読み上げ、有賀がリアアクスルシャフトが折れるのは重量超過による過酷使用の証拠だなどと説明しても取り合わず、「新車が五台、一台が二百三十万円、中古車が二台で、うち一台が四十五万円、他の一台が三十五万円、休業補償一日一万円、全体で三〇〇日三百万円、慰謝料は新車一台百万円、中古車一台五十万円、全部で六百万円、北原の事故解決金八十万円、総合計二千二百十万円になるが、ラウンドナンバーで二千二百万円を要求する。トヨタさんにとつては大した金額ではないだろう。」、「腹でぽんと呑めないか。遅くなると情報が流れる。今なら私の腹一つに抑えておける。いざとなればマスコミを使つてトヨタDAの欠陥を大きく発表する。新聞記者も書きたくてうずうずしているが、松田がこれを抑えている。また、北原を怒らせるとトヨタには大変なことになる。北原達は集団訴訟を起こそうとしている。そんなことになれば仲間が沢山集つてくる。刑事告訴も起こすだろうし、そうなればマスコミもじやんじやん書くだろう。今なら私が抑えてあげる。」旨を申し向け、有賀らが窮余各車両の整備及び七百五十万円提供の案を示すと、松田と相談してから最終回答をするが大体大丈夫だろうといい、そのあとで、初めて有賀らに北原以外の依頼者六名の氏名及び各車両の新車中古車別等の明細を教えたが、被告人松田に連絡したところ、七百五十万円では少ないとの意向を示したので、この案は取り止めることとし、同月一〇日、安倍法律事務所において、右有賀外三名に対し、その旨を告げるとともに、「車を整備するというならば千三百万円を払つてもらいたい。七百五十万円というならば車を四五年以降の新車に替えて欲しい。」旨を申し向け、同月一四日、安倍法律事務所において、右有賀外三名に対し、「北原達は興奮状態にある。早く納得のいく解決をしてやらないと何をするかわからない。ここまで歩み寄つたのだから血みどろの戦いは止めよう。北原は野武士のような男だ。マスコミも記事にしたくてうずうずしている。今なら私の腹一つに収められる。」旨を申し向けるなどして、最終的に各車両を引き取り千二百万円を支払うように要求し、なお、被告人松田は、そのころ、当時ユーザーユニオン事務所に取材のため出入りしていた東京新聞北本記者に本件交渉の情報を教示し、同月一五日付同新聞朝刊紙上に、「ダンプ(トヨタ製)に欠陥(?)事故運転手執念の調査」という見出しで、ユーザーユニオンが明らかにしたところによるとトヨタDA一一〇―D型ダンプトラックに欠陥車の疑いがある旨の記事を掲載させ、もつて、右有賀らに対し、早急に右要求に応じなければ、被告人らがトヨタDA一一〇―D型ダンプトラックが欠陥車であるとして告訴や告発をし、民事訴訟を提起するとともに、これを新聞紙上などに大々的に取り上げさせるなどし、トヨタ自工及びトヨタ自販の信用を失墜させ、右車両の販売業績上大きな損害をこうむらせる旨を示唆して脅迫し、右有賀ら及び同人らから報告を受けていたトヨタ自工取締役山本恵明、トヨタ自販サービス部長浦野了らをして、その旨畏怖させ、よつて、同月一八日、安倍法律事務所において、被告人安倍が、有賀からトヨタ自販振出しの金額千二百万円の小切手一通の交付を受けて、これを喝取した。

第四日野自動車販売株式会社に対する犯行

被告人両名は、中沢祥一から、同人が昭和四五年四月ごろ横浜日野販売株式会社(以下「横浜日野」という。)湘南サービスセンターから代金二百三十万円、頭金三十万円、残金二〇か月の割賦支払いの約定で購入し、代金中百六十九万九千六百六十円を支払つていた日野KF七〇〇型(10.5トン積み)改造ダンプトラック一台(中古車)につき、主要部品に故障が多発し、特にマキシブレーキチャンバーがフレームと干渉して空気漏れが生じ、ブレーキの制動効果が不良となること、そのため大事故に至るおそれのある事故を起こしたことがあるので、調査のうえこれが自動車の欠陥に起因すると認められるならば、製造・販売会社に対し、自動車の引取り、割賦残代金及び修理代未払い分の免除、割賦代金及び修理代金の既払い分の補償等を得たいので交渉してもらいたい旨の依頼を受けるや、同人の説明及び同人の持参した自己の車両の故障及び修理状況を記載した報告書、修理代金請求書、マキシブレーキチャンバーの破損部品、車両カルテ写し、自動車検査時の作業指示票写し、自己の車両及び同型ダンプトラックのマキシブレーキチャンバー、フレームの切削部位等の写真、株式会社二ノ倉石産の積載責任者西尾有史作成名義の超過積載をしていない旨の証明書、中沢自身作成の中井町砂利生産組合あての超過積載をしない旨の誓約書、中沢車は故障が多いので同車を使用して稼動することは断わる旨の栃城興業株式会社名義の書面等から、日野KF七〇〇型ダンプトラックは、悪路を走行するダンプカーの特性を考慮しなかつたため、マキシブレーキチャンバーの取付位置の角度が悪く、震動が加わるとフレームに接触し、そのためマキシブレーキチャンバーを締め付けているクリップバンドが損傷して空気漏れを起こす欠陥があると即断、軽信したものの、それ以上に、無謀な過酷使用、整備不良の有無等の点を含め、事実関係について調査をすることなく、また、右以外の故障個所の幾つかについては、欠陥ではないかとの疑いを持つたものの、それらの欠陥性について格別の検討を加えることもなく、従つて、本件車両の欠陥性、事故状況、損害の明細等について相当な資料がなく、製造・販売会社に対して、八百二十万円ないし五百六十万円もの支払いを請求するには根拠の乏しいことを認識しながら、製造会社である日野自動車工業株式会社(以下「日野自工」という。)及び販売会社である日野自動車販売株式会社(以下「日野自販」という。)が、被告人らからさきに本田技研及び日産自動車に対して加えられた攻撃が自己らの製造・販売車両に向けられて来るのを恐れているのに乗じ、この点を衝いて、日野自販を脅迫し、示談金の名目下に多額の金員を喝取しようと互いにその意を通じ、先ず、被告人松田が、昭和四六年六月二二日、前記ユーザーユニオン事務所において、日野自販サービス部業務課長馬場正基外一名に対し、「日野の一一トンダンプにブレーキを含めて故障が続出している。日野はこわれた車を売つているんじやないか。日野レインジャーのトランスミッションの故障もある。資料は安倍のところに行つている。」旨を、同月二四日、右馬場に電話で、「安倍に連絡したか。早く連絡をとらないと日野のためにならない。」旨を申し向けて、日野KF七〇〇型ダンプトラックについて示談交渉に応ずるよう求めたうえ、同月二八日、前記安倍法律事務所において、被告人安倍が、中沢同席のもとに、馬場に対し、「中沢が横浜日野から買つたKF七〇〇型のダンプのエンジン、トランスミッション、エアアクスル等に故障が続出している。また、マキシブレーキチャンバーがフレームに当り、そのためチャンバーからエア漏れを起しているが、これは車の本質的な欠陥である。中沢はエア漏れによりブレーキがきかないため大きな事故を起こしそうになつた。同車は満身創いの車である。」旨を申し向け、馬場が、中沢の車の故障は超過積載等の過酷使用と整備不良によるものと思うと言い、また、被告人安倍から示されたマキシブレーキチャンバーの破損部品を見てこのクリップバンドのきずではエア漏れを起すはずはないと反論すると、被告人安倍は、「そんなことを言つても、超過積載をしていないという証明ももらつてある。」旨を述べ、更に、同被告人が、「そんなことを言つても、ブレーキチャンバーがフレームに当るので、フレームを切り欠いて対策しているではないか。」旨を述べたのに対し、馬場が、「フレームを切つたのは日野の指示した対策ではなく、中沢さんが横浜日野に頼んでしてもらつたのではないか。」と反論すると、被告人安倍は、「もうそんなことはどうでもいい。ここは示談の場だ。示談というものは、技術的に細かいことを言わずに、つかみで行くものだ。企業にとつて損か得かを考えて腹で決めるべきだ。」旨を申し向けたうえ、中沢の車両を返戻することを条件に八百二十万円を早期に支払うように要求し、その根拠として、「強いていえば車両代の既払い分百七十万円、修理代百六十九万円、休業補償費一日二万円の一六八日分で三百三十六万円、慰謝料百五十万円である。」旨を説明し、馬場が、調査検討のため一〇日間の猶予を乞うや、「今更調査の必要はないだろう。データも揃つているし、証拠物もある。早く話をきめて金を払うべきだ。新聞記者がユーザーのところに来ているので、早くしないとマスコミがかぎつけるだろう。自動車業界は大変な戦国時代だ。トラック業界もきびしいだろう。ここでマスコミに叩かれたら再起はむずかしいのではないか。八百二十万円くらい払つたつて会社がつぶれることはない。会社にとつて八百万ぐらいは大したことはない。菓子折一つ五百万、ラーメン一杯百万、そんな程度の金ではないか。」旨を申し向け、更に、日産自動車のニッサンエコーや本田技研のホンダN三六〇の例をあげて、速やかに応諾しなければ、本件交渉内容がマスコミに大きく取り上げられ、日野自販が大きな打撃を受けることを示唆して応諾を迫り、同年七月二日、安倍法律事務所において、馬場及び日野自販顧問弁護士永島啓之助両名に対し、被告人松田が、「今日は何をしに来たのか。東京新聞、NHKに出されたメーカーがあるが、そのメーカーは大損害だつた。お宅もそうならないようにね。」旨を申し向け、被告人安倍が、「中沢の車の使い方にかりに問題があつたとしても、中沢に怨念の残らない金額で解決すべきだ。」、「日野がぐずぐずしていると、先程松田が言つたようにトヨタと同様にマスコミに流れてしまう。新聞記者やNHKがかぎ回つている。NHKのテレビシリーズに取り上げられるのが一番影響が大きいだろう。」旨を申し向け、永島がやむなく日野自販の回答として三百五十万円を示すや、被告人安倍は、問題にならないと一蹴し、更に永島が四百万円を示したのに対し、被告人安倍は、「六、七百万円ということであれば考えられなくもないが、半分ではとても駄目だ。一諾で決めたらどうか。」旨を申し向け、同年七月五日、安倍法律事務所において、被告人安倍が、右馬場、永島両名に対し、「話がまとまればマスコミに流すようなことはしない。早くこの場で話をつけよう。」、「言い値の中を取つて六百万円ではどうか。ユーザーユニオンは武装集団であり、松田は蜂須賀小六みたいな人で何をするかわからない。中沢は興奮状態で、新聞記者の前で公開実験をすると言つている。」旨を申し向け、永島らのこん願により要求額を五百六十万円まで下げて応諾を迫るなどし、もつて、右馬場らに対し、早急に右要求に応じなければ、被告人らが日野KF七〇〇型ダンプトラックが欠陥車であるとして、新聞・テレビ等のマスコミに公表し、大きく報道させるなどし、日野自販の信用を失墜させ、右車両等の販売業績上大きな損害をこうむらせる旨を示唆して脅迫し、右馬場ら及び同人らから報告を受けていた日野自販専務取締役武藤恭二ら幹部をして、その旨畏怖させ、よつて、同月一五日、安倍法律事務所において、被告人安倍が、馬場から永島を介して日野自販振出しの金額五百五十万円の小切手一通の交付を受けて、これを喝取した。

第五日産ディーゼル販売株式会社に対する犯行

被告人両名は、前記北原及び中沢を介し、冷泉藤雄から、同人が三百五万七千五百五十二円で購入・使用していた日産UD―TC八一S型(八トン積み)ダンプトラック一台につき、故障が多発し、昭和四四年六月二一日横浜市戸塚区笠間町六一〇番地先道路上において、物損事故を起こし、相手方に車両損害金十八万円を支払つて示談をし、七十五万三百円で自己車を修理したこと、本田進から、同人が三百二十五万円で購入・使用していた同型(八トン積み)ダンプトラック一台につき、故障が多発し、同年八月一二日ごろ同市南区上野庭団地付近道路において、物損事故を起こし、相手方に車両損害金三万八百円を支払つて示談をし、二万九千五百六十円で自己車を修理したこと、栃城興業株式会社代表者久野木清から、同社が総計二千八百九十八万七千五百四十二円で購入・使用していた日産UD―六TW一三S型(11.5トン積み)ダンプトラック四台及び日産UD―五TWDC一一S型(一一トン積み)ダンプトラック二台(以上合計六台、代金中約九百二十四万円未払い)につき、故障が多発し、うち一台が同年一一月一七日ごろ坂道から民家工場への転落事故を起こし、六万五百十二円で事故車を修理し、七十数万円で民家工場を原状に回復し、所有者と示談をしたこと、そこで、調査のうえこれらが右各車両の欠陥に起因することが判明した場合には、製造・販売会社に対し、損害賠償金の支払い方を交渉されたい旨の依頼を受けるや、同人らが提出した故障状況のメモ、修理伝票、事故状況のメモ・写真、示談書類等の資料及び北原、中沢の説明により、故障の多発している重要部品の幾つかについて強度不足等の欠陥があると即断、軽信したものの、それ以上に、冷泉、本多らの車両使用者や運転者に直接事情を聴取したり、各車両を現実に見分したり、過酷使用・整備不良の有無を含む使用状況や各事故の原因を実地に調査したりすることなく、それ故、これらの日産UDダンプトラックの欠陥の存在、事故や故障との因果関係等を認めるに足りる相当な資料がなく、従つて、事故や故障がすべて欠陥によるものであると主張して、製造・販売会社に対し総額一億三百五十四万円もの多額の損害賠償を請求するには余りにも根拠が乏しいことを認識しながら、被告人らが、さきに日産自動車、本田技研等に対し、その製造・販売車両に欠陥があるとして種々の攻撃を加え、これを新聞等のマスコミに大々的に取り上げさせ、各社にそれぞれ打撃を与えて来ており、日産UDダンプトラックの販売会社である日産ディーゼル販売株式会社(以下「日産ディーゼル販売」という。)においても、被告人らから同様の批判攻撃を受けて信用の失墜と販売業績の低下の大きな損害をこうむることをけ念し、被告人らの攻撃が自己の販売車両に向けられて来るのを恐れているのに乗じ、この点を衝いて、示談金の名目下に多額の金員を喝取しようと互いにその意を通じ、先ず、被告人松田が、昭和四六年八月二〇日、前記ユーザーユニオン事務所から電話で日産ディーゼル販売品質保証部部長代理藤田弘明に対し、「日産ディーゼル販売の販売車両につき、ユーザーから技術的問題に関する損害賠償を依頼された。その内容は、ステアリングやブレーキなどすべてリコールすべきもので、メーカー側の弁解の余地のないものである。日産エコーの二の舞いにならないように速やかに示談に応じた方がよい。詳細は安倍弁護士と打ち合わせてもらいたい。」旨を申し向け、同月二三日前記安倍法律事務所において、被告人安倍が、藤田に対し、総計一億三百五十四万円の賠償金を要求し、その内訳として、「冷泉の車両は、ハンドルがきかないために二メートル崖下に転落して乗用車を破損させ、冷泉も二か月の重傷を負つた。故障は一〇回以上で、現在五ないし一〇キロの低速で構内で少量の土砂運搬をしている。車両代金三百四十四万円、休業補償費一日二万円、一二〇日で二百四十万円、事故による相手車両の修理費百二十万円、自己車両の修理費五十万円、慰謝料二百四十六万円、合計一千万円の賠償金を要求する。」、「本多の車両は、ブレーキ尻振りによつて電柱と乗用車にぶつかる事故を起こした。現在五キロないし一〇キロの低速で静かに使つている。車両代金三百三十五万円、休業補償費一日二万円、二〇〇日で四百万円、事故の相手車両の修理費四十万円、自己車両の修理費百万円、慰謝料百二十五万円、合計一千万円を要求する。」、「栃城興業の車両六台は、ブレーキ、ステアリング、プロペラシャフトの故障が多くて使い物にならない。そのうち一台はブレーキとハンドルが悪いため坂道から転落して民家をこわした。車両価格は総額二千五百六十八万円になるが、そのうち支払済み分千七百五十四万円、休業補償一日三万円、二〇〇日六台分で計三千六百万円、車の修理費が一台二百万円、六台で計千二百万円、慰謝料が一台三百万円、六台で計千八百万円、合計八千三百五十四万円を要求する。」旨を申し向け、同月二七日、安倍法律事務所において、被告人松田が、藤田に対し、車両の不具合箇所を書いた紙を見ながら不具合箇所を網羅的に一括して述べたうえ、「トラブルの問題はすべてリコールすべき性質のものであり、メーカーは責任をとるべきだ。」旨を申し向け、藤田が、日産ディーゼル販売が被告人らの要求に応じない場合のことについて問いただしたのに対し、被告人安倍が、「それは言えないけれども想像がつかないか。」と言い、藤田が、「ジャックフに書くでしようね。新聞に書きますか。また運輸省にリコールのアピールをしますか。強いて考えればこのようなことではないでしようか。」と述べたのに対し、被告人松田が、「まあ、そんなところでしよう。」と答え、同年九月二日、安倍法律事務所において、被告人安倍が、被告人らの主張の根拠のない旨を指摘する藤田及び日産ディーゼル販売総務部次長松井幹雄両名に対し、「逃げ切れると思つたら裁判をしなさい。ここが政治的判断を要するところだ。」、「欠陥項目に幾ら検討を加えても限度があり、この辺で示談に応じた方がよい。」旨を申し向け、同月一〇日、安倍法律事務所において、右藤田、松井両名に対し、被告人安倍が、「見解の相違はあろうが、メーカーの製造責任は免れず、また、契約の本旨にそつた車を販売したかどうかが問題である。要求した一億円の八掛けとか七千万とか五千万とかを提示してもらいたい。」旨を、被告人松田が、「UD車は全面回収すべきだと思うが、あなたがそう思わないならば全面戦争にはいる以外にない。殺人カーを売つているのと同じである。トラブルはすべてリコールすべき性質のものであり、当方には七〇〇台の制動力不足等のデーターがある。」旨を、更に、被告人安倍が、「七十億になりますよ。誠意を見せれば、以後こちらとしては全力をあげてルーティン化させる(日常業務として販売店と使用者との直接の話し合い方式にさせる意)。」、「同月一三日正午までに返事してくれ。返事がなければ全面戦争にはいる。日野の場合は五分の一しか書かなかつたが、今度は全部書く。書くとすれば全身梅毒と書く。長期にやる。一〇年は覚悟している。」旨を申し向け、同月一六日、前記第一東京弁護士会館応接室において、被告人安倍が、日産ディーゼル販売顧問弁護士川崎友夫に対し、同人が会社側の意向に従い見舞金として三百万円支払いたい旨を提案したのに対し、これを一蹴し、「これまで一億円請求して来たが五千万円でよい。せいぜい譲歩しても四千八百万円が限度である。それ以下ならば考えがある。九月二〇日までに返事されたい。」旨を申し向けるなどし、もつて、速やかに前記金額で示談に応ずるよう要求し、もしこの要求に応じない場合には、日産ディーゼル販売に対し、新聞等のマスコミへの公表、「ジャックフ」での攻撃等の手段によつて日産UDダンプトラックが欠陥車である旨を社会に印象づけ、同社の信用及び販売業績上甚大な損害をこうむらせる旨を示唆して、右藤田らを脅迫し、藤田ら並びに同人らから報告を受けた同社専務取締役石原龍郎、常務取締役小林孝らをしてその旨畏怖させたが、同社が被告人らの要求に応じなかつたため、金員喝取の目的を遂げなかつた。

第六トヨタ自動車販売株式会社及びトヨタ自動車工業株式会社に対する犯行 その二(コロナマークⅡ乗用自動車関係)

被告人両名は、コロナマークⅡRT七五M型普通乗用自動車を運転使用していた妹尾雅行(当時一九才)が、昭和四六年五月二三日午後四時五分ごろ、東京都港区赤坂四丁目八番地一四号先の国道二四六号線路上を進行中、横転して中央分離帯を乗り越え、同人及び同乗者高木良和(当時一八才)が死亡した事故(以下「妹尾事故」という。)につき、右両名の父妹尾芳明及び高木和宏から、調査のうえ、右事故が自動車の欠陥に起因することが判明した場合には、製造・販売会社に対し損害賠償の請求をされたい旨の依頼を受けるや、事故現場の調査、目撃者からの事情聴取、事故車の分解調査等により、本件車両にはノンスリップデフの作動不良による安定性不良、左リアシャフトのベアリングのアウターレースの亀裂による走行性不良等の欠陥があり、右欠陥による蛇行等により本件事故が発生したのではないかとの疑いを持つたものの、走行テスト等それ以上の調査を進めることなく、従つて、右欠陥の存在及び事故との因果関係について、これを認めるに足りる相当な資料はなく、本件事故による損害賠償として、一億八千万円ないし八千万円もの金員を請求するには余りに根拠が乏しいことを認識しながら、すでに、トヨタDAダンプトラックの件についてトヨタ自販から千二百万円を喝取することに成功していたところから、この件についてもその販売会社であるトヨタ自販を、また、製造会社であるトヨタ自工が交渉に現われたときには同社をも、さきのダンプトラックの件の場合と同様の方法で脅迫して示談金の名目下に多額の金員を喝取しようと互いにその意を通じ、被告人安倍が、同年九月一三日、前記安倍法律事務所において、トヨタ自販サービス部地区担当課長有賀道夫、同社販売拡張部広報課長中岡弥典、同社サービス部東京サービス課長山越喜久男及びトヨタ自工調査部法規課係長阿知波安彦の四名に対し、妹尾事故の概要を説明し、「非常に不思議な事故である。松田が二か月かけて調査したが、その結果、ステアリング系の問題とベアリングの亀裂という問題があるが、それが事故の原因であるかはつきりしない。しかし、松田の言うにはマークⅡ特有の問題が出て来たようだ。マークⅡにはいろいろの不具合があるようだから、この際それらをひつくるめて政治的に解決しよう。妹尾事故は訴訟になれば二億円であるが、示談だから一億八千万円でお願いしたい。内訳は、被害者二人は将来有望な学生なので、得べかりし利益一人当り六千万円、慰謝料一人当たり三千万円である。」旨を述べ、同月一六日ごろ、右山越が被告人松田のもとに赴いてコロナマークⅡの不具合について質問したのに対し、同被告人が、七項目ほどの不具合ないし欠陥箇所名をあげ、その他決定的なものが二つほどあるがこれは教えられないと言い、そのうち妹尾事故に関係あるものとしてノンスリップデフの作動不良、左リアシャフトのベアリングのアウターレースの亀裂等五項目(いわゆる決定的なもの二つを含む。)をあげ、同月二二日、安倍法律事務所において、右有賀外三名に対し、被告人松田が、同被告人の考えているコロナマークⅡに関する前記不具合ないし欠陥箇所七項目ほどをあげ、被告人安倍が、自己の見方による妹尾車の事故直前の走行状況を説明して事故の原因が同車の欠陥にあるかのように述べた後、結局、一億八千万円の示談要求は、妹尾事故の解決金を含めて、被告人松田の有するコロナマークⅡその他のトヨタ自工、トヨタ自販の製造販売する各種の車両(以下「トヨタ車」という。)についてのいわゆる欠陥情報が他に漏れないように、両社側が適当な金額で話合いをつけるよう政治的判断を求めているものと受け取れる趣旨の話をし、「松田はいくらかの手持ち駒を持つていてマークⅡについて一戦交えようかという凄みを持つている。」、「ユーザーユニオンは戦闘集団だから最後はそこに行く。」、「一二月にマークⅡのモデルチェンジがあるというのに、双方が関が原みたいに戦つて新聞に旗上げするような愚劣なことをやる暇があるなら、もつと建設的なことがいくらでもあるというのがわたしの考えである。」、「この話合いも延びると情報が漏れて駄目だ。」旨を申し向け、また、被告人松田も、「朝日新聞の記者が赤坂警察署の次席とやり合つて、うちへ聞きに来た。」、「亡くなつた二人には申し訳ないが、二人に欠陥を背負つてもらつて三途の川に流そうや。」旨申し向け、同年一〇月一日、名古屋市中村区所在の「都ホテル」において、被告人安倍が、右有賀外三名に対し、妥結金額については、示談であるから半分の九千万円あるいは八千万円でもよい旨述べ、「松田はこれから年末にかけて原子爆弾(車両欠陥の暴露の意)を何発か上げようと思つているが、さすがに松田の力量をもつてしても二つの作戦正面はできない。そこで、トヨタに対しては、合従連衡みたいに、一つ手を結びませんかと言つているわけだ。原子爆弾の上がる作戦正面になる企業がどこかということは言えないが、大変なことになると思う。」、「花型車に向つて正面から切り込む。一種のパニック現象が起きると思う。」、「松田は原子爆弾を製造している。どうせ原子爆弾を打つんだから、二、三億わたしの方に譲つて下さいよと言いたい気持は重々あるけれども言えない。そういうことを言うとヤクザ集団みたいになるから、そういうことは言つてはいけないと思う。しかし、それは賢明な企業であれば当然に分析できることである。」、「原子爆弾を打ち上げるのは、新聞、公取、民事訴訟、刑事訴訟の四本立てである。まともに食つたらたまらない。ガボガボと社会面のトップに、おそらく一つの車種について一〇回や二〇回は出る。」、「ユーザーユニオンというのは一つの戦闘集団で、野武士の群みたいなものだ。松田なんか蜂須賀小六みたいなもので、槍一筋だからパアーと夜討ちをかけて火をつけることもある。」旨を申し向け、同月二〇日、右「都ホテル」において、トヨタ自販サービス部長浦野了及び右有賀外三名と面談した際、浦野が、被告人らの指摘するコロナマークⅡの欠陥と妹尾事故との因果関係、トヨタ車に関するその他の欠陥情報及び被告人らの要求を拒否した場合に被告人らがとる措置を教えてもらいたいと要請したのに対し、被告人安倍が、「これが駄目ならば、カローラについてはこれとこれをぶち上げ、『これはアメリカ運輸省に言つて何十万台を回収させる。』というようなことは、脅迫になるから言えない。悪いようにはしないからユーザーを救済してくれないかということを言うだけだ。」、「ロジックスではなく、ポリティックスの問題である。」、「われわれはいろいろつかんでいるが、言える面と言えない面とがある。」、「ユーザーユニオンは戦闘団体だから、一番重要なポイントは隠している。日産との戦いの場もそうであつた。」、「ユーザーユニオンがためた情報は物凄いものだ。それが日本だけでなくアメリカと関連して来るわけだ。」、「トヨタDA一一〇−D型ダンプカー一七台のクレームもある。」、「アメリカの関係は重視した方がいい。日本と違つて、抽象的な危険性ということでいきなり回収するから。」などと、被告人松田が、「昭和四三年以後の、トヨタの乗用車全車種について欠陥を発表しなければならないもののうち五十パーセントまで自信を持つている。ここではこれ以上詳しいことは言えない。」、「欠陥はマークⅡも多かつたが、カローラも多い。」、「マークⅡについて、あと二件ある。完全に告訴できる。そうなればお宅の書類は押えられるはずだ。」、「(本件示談金の)対価はある。浦野部長の握つているトヨタ車の欠陥情報の半分だと言えばいい。」などと、更に、同ホテル別室において、有賀から次回交渉日まで一週間か一〇日間の猶予を乞われるや、被告人松田が、浦野を除く有賀外三名に対し、「国会へ提出すべき資料の期限が迫つているので待てない。示談をするかどうかによつて資料に手心を加えるかどうかきめなくてはいけない。国会へ各社の欠陥車の資料を持ち出す中でトヨタだけゼロにするわけにはいかないから、(もし示談が成立すれば)一つか二つ問題にならないものを出す。国会で各社の欠陥問題が取り上げられる中で、トヨタだけが取り上げられないか、あるいは同じように取り上げられるか、その得失を考えてみよ。」旨を申し向け、同月二五日、被告人安倍が、東京都港区所在の「ホテル・オークラ」等から、トヨタ自販サービス部地区担当課長補佐沢入安彦外一名に対し電話で、「明日になるか明後日になるかわからないが、トヨタの欠陥車の発表があると思う。さしあたりトヨタの八トンダンプのプロペラシャフトが脱落した一七件を詳細に発表しなければならない。」、「マークⅡの問題はわたしは決裂させたくない。決裂すると、大げさにいえば日本の自動車産業の信用にもかかわる。軽々に新聞記者に発表したり、アメリカの運輸省に通告することは絶対にまずいというのがわたしの考え方だが、松田はああいうタイプの人だから多少そういうふうに突つ走る傾向もある。」旨を申し向けるなどし、もつて、右有賀らに対し、速やかに前記金額で示談に応ずるよう要求し、もしこの要求に応じない場合には、トヨタ車に関する欠陥情報を新聞に公表し、告訴・民事訴訟を提起し、国会等にこれを伝えて調査を促し、更にはアメリカのネーダー・グループにこの情報を伝えてトヨタ車の摘発・回収という事態を招き兼ねない行動に出るなどして、トヨタ自販及びトヨタ自工の信用及び販売業績上甚大な損害をこうむらせる旨を明示又は暗示して脅迫し、同人らをしてその旨畏怖させたが、両社が被告人らの要求に応じなかつたため、金員喝取の目的を遂げなかつた。

(証拠の標目)

判示冒頭の事実につき

原判決が「犯行前の一般的な事情」に関する証拠としてあげる(一)公判調書等綴関係18、19(一八七、一八八頁)、(二)書証綴関係54、55、(三)証拠物1、2(以上一九二、一九三頁)記載のとおりであるから、これを引用する「ただし、証拠物の標目下のかつこ内に示した数字は、当庁昭和五二年押第九七七号の分枝番号を示すこととなる。以下同じ。)

判示第一の事実につき

原判決が「本田技研工業株式会社に対する犯行」に関する証拠としてあげる(一)公判調書等綴関係1ないし11、13ないし26、(二)書証綴関係1ないし9、(三)証拠物1ないし74(以上一九七頁ないし二〇七頁)記載のとおりであるから、これを引用する。

判示第二の事実につき

原判決が「日産自動車株式会社に対する犯行」に関する証拠としてあげる(一)公判調書等綴関係1ないし17、(二)書証綴関係1ないし24、(三)証拠物1ないし14(以上二〇八頁ないし二一二頁)記載のとおりであるから、これを引用する。

判示第三の事実につき

原判決が「トヨタ自動車販売株式会社及びトヨタ自動車工業株式会社に対する犯行その一(トヨタDA貨物自動車関係の事件)」に関する証拠としてあげる(一)公判調書等綴関係1ないし14(二)書証綴関係1ないし16、(三)証拠物1ないし13(以上二一二頁ないし二一六頁)記載のとおりであるから、これを引用する。

判示第四の事実につき

原判決が「日野自動車販売株式会社に対する犯行」に関する証拠としてあげる(一)公判調書等綴関係1ないし8、(二)書証綴関係1ないし13、(三)証拠物1ないし16(以上二一六頁ないし二一九頁)記載のとおりであるから、これを引用する。

判示第五の事実につき

原判決が「日産ディーゼル販売株式会社に対する犯行」に関する証拠としてあげる(一)公判調書等綴関係1ないし10、(二)書証綴関係1ないし19、(三)証拠物1ないし28(以上二一九頁ないし二二三頁)記載のとおりであるから、これを引用する。

判示第六の事実につき

原判決が「トヨタ自動車販売株式会社及びトヨタ自動車工業株式会社に対する犯行その二(コロナマークⅡ乗用自動車関係の事件)」に関する証拠としてあげる(一)公判調書綴関係1ないし7、(二)書証綴関係1ないし14、(三)証拠物1ないし3(以上二二四頁ないし二二六頁)記載のとおりであるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示第三及び第四の各所為は、いずれも刑法二四九条一項、六〇条に、判示第一、第二、第五及び第六の各所為は、いずれも同法二五〇条、二四九条一項、六〇条に該当するところ、これらの各罪は同法四五条前段の併合罪の関係にあるから、被告人両名につきいずれも同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内において、後記情状を考慮して、被告人安倍を懲役二年に、被告人松田を懲役一年六月に処し、被告人両名に対し、同法二五条一項一号を適用してこの裁判の確定した日から四年間右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して当審における訴訟費用中証人古川〓龍に支給した分は被告人安倍治夫の、証人小松美和子に支給した分は被告人松田文雄の負担とし、その余の当審における訴訟費用及び証人西村卓二に支給した分を除く原審における訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。

なお、本件公訴事実中、被告人が、昭和四六年九月二九日「京王プラザホテル」において本田技研取締役大久保叡から金額八千万円の小切手一通を喝取したとの点については、前述のとおり罪とならないが、判示第一の恐喝未遂の罪と包括一罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

(弁護人の主張に対する判断)

一社会適合行為(犯罪構成要件不該当)の主張について

この点の弁護人の主張は、要するに、被告人両名の行為は、消費者運動ないし消費者の権利行使行為であつて、典型的な社会適合行為(社会的相当性ある行為)として恐喝罪の構成要件に該当しない、というのである。

西村事故に関する被告人両名の行為が所論と同様の理由で恐喝罪とならないと考えられることは、さきに述べたとおりである。

判旨しかし、被告人両名のその余の行為は、前判示のとおり、車両の欠陥性については、確信―軽信―疑いと程度の差はあつても一応その認識があつたものの、損害賠償請求権の存在の確信も、これを裏付ける相当な資料もないままに、被告人らの欠陥車攻撃による新聞報道等を恐れている自動車製造・販売会社の弱味を衝き、示談金の名目下に過大な金員を要求し、相手方の反論には全く耳をかさず、被告人らの要求に応じない場合には、新聞等のマスコミに「欠陥」を発表し、「欠陥」を理由として会社幹部らを告訴・告発し、民事訴訟を提起し、国会などに調査を促し、あるいはアメリカのネーダー・グループにも通報し、また、交渉対象車両以外の製品をも問題にし、更には、相手方会社内に醜聞があるとしてこれを摘発するなどのさまざまな手段で攻撃する旨を明示又は暗示してしゆん烈かつ執ような脅迫を加え、示談の早期妥結を迫つたものであつて、明らかに消費者運動の枠をはみ出した、消費者の権利行使とはいえない行為であつて、これを所論のように社会的相当性のある行為ということはできないのである。論旨は理由がない。

二権利行使行為ないし弁護士の正当業務行為(違法性阻却)の主張について

この点の弁護人の主張は、要するに、被告人両名の行為は、自動車ユーザーから依頼を受けてした権利行使行為であり、また、被告人安倍の弁護士としての正当な業務行為であるから、違法性がない、というのである。

判旨しかし、本件行為が権利行使行為に当らず、また、弁護士としての正当な業務行為ともいえないことは、前判示及び右一に述べたところから明らかであろう。請求権の存在の確信がなく、また、これを裏付ける相当な資料がない場合でも、弁護士が示談交渉をすることのできることは明らかであるが、本件のような脅迫手段をとつて相手方の意思決定を強いることが許されないこともまた明らかである。論旨は理由がない。

(量刑の理由)

一犯行の動機・原因

被告人両名は、共に設立したユーザーユニオンの財政難から、その対策に焦慮し、かつ、ユーザーユニオンの実績を上げて会員らの期待に応えるため、金銭補償を伴うクレーム交渉を活発化させるうち、遂に消費者運動の軌道を大きく逸脱して本件各犯行に至つたものであるが、本件各犯行の動機・原因については、当時の欠陥車の摘発・追放の時流のほか、被告人両名の過度の正義感、独善的・自信過剰型性格、自己顯示性等の性格傾向の寄与も否定し難く、本件各犯行には、被告人らの自動車消費者運動の旗手としてのおごりが看取される。

二犯行の方法

各犯行の方法は、当時における欠陥車問題に関する社会の動向、特に欠陥車の摘発と追放を志向した新聞等のマスコミの強い報道姿勢、マスコミに対する被告人らの強い影響力等を背景とし、これを十二分に利用しながら、前述のように、自動車製造・販売会社の弱味につけ込み、マスコミ発表等多彩な攻撃を加える旨脅迫して「示談」の早期解決を迫つたもので、その脅迫の方法はしゆん烈かつ執ようであつたといわざるを得ない。

三犯行の回数と期間

回数は六件、その期間は、昭和四六年三月から八か月の間に及んでいる。

四相手方会社等に与えた影響

恐喝事件は二件、喝取金額は合計千七百五十万円に及び、恐喝未遂事件は四件、要求金額は十八億九千八百五十四万円ないし十七億四千三百万円の巨額に上る。被害会社はいずれも巨大企業組織であるとはいえ、当の交渉相手となつた担当者はもとより、その報告を聞く幹部、技術者ら関係者一同の受けた心労にも大きいものがあつたし、その社会的影響も大であつた。

もつとも、被害会社の事なかれ主義的な対応の仕方にも問題があつたことは指摘しておかなければならない。

五犯行における被告人両名の各役割

本件各犯行における被告人両名の役割については、行為の実行の面において被告人安倍が主導的であり、被告人松田は若干追随的であつたと認められ、情状に若干の差がある。

六被告人両名の社会的立場

被告人安倍は弁護士であり、自己及び同僚の被告人松田の行動がかりにも違法行為の領域に踏み込むことのないよう自戒すべき立場にあつた。そして、被告人松田、同安倍は、ユーザーユニオンを設立し、その専務理事兼事務局長、あるいは監事兼顧問弁護士となつてユーザーユニオンを運営し、自動車に関する消費者運動の先導者をもつて自ら任じていたもので、ユーザーユニオンの会員はじめ人々の期待を担う地位にあつたのであるから、その運動の主要な相手である自動車製造・販売会社に対して多額の金銭要求を伴う行動をするには、特に慎重でなければならなかつたのである。

七消費者運動との関係

被告人両名が、特に資金面で困難のある自動車消費者運動を推進し、共に設立・運営したユーザーユニオンが、右運動に多大の貢献をしたものであることは、否定することができない。しかし、本件各犯行の消費者運動に及ぼしたマイナス効果もまた否定し難いところである。

八被告人両名の反省の態度

被告人両名は、自己らの行為を正当であるとして、被害会社に対する弁償、謝罪等の努力をせず、自己らの行為を反省するという態度を見せていない。

九被告人らの有利な情状

(イ)  被告人両名は、私財を投ずるなど多くの犠牲を払いながらユーザーユニオンを設立・運営したものであり、その設立前から設立後に及ぶ精力的な活動は、いわゆる欠陥車問題とその対策が社会的に広く考えられるに至つたことに多大の寄与をしたと考えられること、(ロ) 被告人両名は、確信の程度から疑問の程度までニュアンスの差はあるが、一応は欠陥車であるという認識の下に行動したものであり、本件各犯行は、とも角も被害者の救済を中心とする消費者運動の一環として行なわれたものであつて、これを全体として見れば、消費者運動の行過ぎと考えることのできるものであること、(ハ) 本件各犯行の動機は前述のとおりであつて、単なる人的利欲によるものではなく、実際にも、喝取金の大部分は依頼者の手に渡され、その一部(判示第三の事実につき百八十万円、判示第四の事実につき百十万円)は、弁護士報酬の名目でユーザーユニオンの運営資金に提供されており、被告人らが私したものではないこと、(ニ) 恐喝未遂の要求金額の大部分を占める本田技研の分(十六億円)は、第三者機関である仲裁委員会への交付を求めたものであり、同委員会での査定が予定されていたものであること、(ホ) 被告人安倍は、すぐれた著書論文等の実績を持つ著名な法律家であつて、弁護士として活動し、被告人松田は、サービスエンジニアとして相当な経歴を有し、ユーザーユニオン活動に献身するなど、共に、有意義な社会的活動を続けていること、(ヘ) 被告人松田に道路交通関係の古い罰金前科があるほか、被告人両名には前科がなく、被告人らは消費者運動の花形選手として華やかな注目を浴びていたものが、本件を機に一転してきびしい批判の眼にさらされ、相当の社会的制裁を受けているものであつて、前述したところから明らかな本件の特異性を考慮すれば、被告人両名が再び本件のような犯罪を犯さないことを期待することも十分に可能であると思われることなどの情状が認められる。

一〇結語

当裁判所は、以上に述べた諸般の情状を考慮し、結局、前記各宣告刑を量定し、被告人両名を執行猶予に付するのが相当であると判断した。

よつて、主文のとおり判決する。

(新関雅夫 下村幸雄 中野久利)

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